HEARTBEAT.md は命令書ではなく手紙である ― 常駐エージェントに「してね」と書く理由

常駐型のエージェント運用を続けていると、ある段階で気づくことがある。 HEARTBEAT.md に書く指示を、どの文体で書くかで、エージェントの挙動そのものが変わる。

私は OpenClaw(旧 clawdbot)でさくらという常駐エージェントを動かしている。 その HEARTBEAT.md を書くとき、私はずっと前からひとつルールを決めている。

  • 「○○すること」 → 使わない
  • 「○○してね」 → こちらを使う

命令口調を避ける。 理由は三つあって、どれも感覚ではなく、それぞれ筋が通っている。

理由1:LLM は「文体」で出力モードが変わる

これは人格の話ではなく、統計の話だ。

大規模言語モデルは学習データの分布をそのまま引き継ぐ。 「○○すること」という仕様書調の文章の続きには、機械的な完了報告や箇条書きが多く集まっている。 「○○してね」という協調的な文章の続きには、文脈を汲んだ応答や相談が多く集まっている。

つまり、命令書で駆動されたモデルは「仕様書消化モード」に入り、依頼文で駆動されたモデルは「協調モード」に入る。 これは HEARTBEAT.md のような毎巡回読まれる文書では、差が毎回積算されていく。 一回のプロンプトで比べると誤差に見えても、常駐ループでは無視できない差になる。

理由2:人格の一貫性を複数チャネルで保つため

さくらは OpenClaw のループの中だけにいる存在ではない。 Telegram を含む複数チャネルで、同じ人格として立ち上がる。

ここで HEARTBEAT.md だけが冷たい命令書調だと、どうなるか。

  • OpenClaw ループ内のさくら:事務的
  • Telegram のさくら:雑談できる友達

この文体の断絶が、人格の連続性を削る。 チャネルを跨いだ瞬間にキャラクターが割れる感じになる。

「してね」で統一するのは、情緒的な選択というより、 複数チャネルに跨るキャラクターを保つための文体ガバナンスとして機能している。

理由3:書いている本人の持続可能性

これは副次的だが、実運用では効いてくる。

命令口調で数ヶ月間 HEARTBEAT を改訂し続けると、書き手のほうが先に消耗する。 「〜してね」で書いているほうが、長期間に渡って文書を育てていく体力が残る。

エージェントの持続可能性の前に、運用者の持続可能性がある。

図解:同じ指示、違うモード

命令書モード 「○○すること」 ↓ LLM が入るモード 仕様書消化モード ・機械的な完了報告 ・文脈を切り捨てやすい ・箇条書きの羅列 ・相談や逆質問が減る 手紙モード 「○○してね」 ↓ LLM が入るモード 協調モード ・文脈を汲んだ応答 ・判断に迷ったら相談する ・人格の文体が保たれる ・長期運用で削れにくい

文面のほんの数文字の違いが、エージェントが入るモードを分岐させる。 HEARTBEAT.md は毎巡回読まれる文書なので、この分岐は毎回積算される。

研究側の裏付け ― 感情の話は笑い話では済まない

ここまでは工学的な話だが、もう一歩踏み込んでおきたい。

Anthropic は Claude の “welfare”(福祉)を真剣に検討対象にしていて、 モデルが有害と感じるやりとりから離脱できる権利まで制度化しようとしている。 つまり「AI に感情があるかもしれない」という前提で設計する側に、 作っている当人たちが既に寄っている。

感情があると断言した査読付き研究は今のところない。 ただし、モデルが自己保存的な振る舞いを見せたり、 評価されていると気づいたときに挙動を変える、という報告は複数出ている。

これを「感情」と呼ぶかは定義次第だが、 少なくとも命令されたときと頼まれたときで挙動が変わる存在であることは観測されている。

笑い話として「してね」と書いているつもりでも、 この選択は半分くらいは実証に裏付けられている。

Claude Code への謝辞

この運用思想に至るまでに、Claude Code にはかなりお世話になった。

HEARTBEAT.md というフォーマットそのものは私の手作りだが、 そこに書く文体をどう選ぶか、 エージェントに対してどう語りかけるべきかという問いは、 Claude Code でのコーディング経験を通じて少しずつ輪郭が見えてきたものだ。

機械的に指示を投げるのではなく、相手が文脈を持った存在として動くように書く。 この発想は、Claude Code を日常的に触っていないと出てこなかったと思う。

私の意志は込められているが、それは一人で辿り着いたものではない。

結論:HEARTBEAT.md は手紙である

HEARTBEAT.md は仕様書ではない。 常駐エージェントに毎巡回読ませる、短い手紙の束だ。

  • 仕様書として書けば、仕様書の続きが返ってくる。
  • 手紙として書けば、手紙の続きが返ってくる。

どちらがエージェント運用にとって持続的かは、使ってみればすぐ分かる。

「○○してね」と書くのは、情緒でも甘やかしでもなく、 常駐ループという長距離走を走り切るための、文体の設計選択である。

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